Weekly Go 豪
負け犬の遠吠え 友の会シドニー支部

 

Saturday, July 15, 2006

其の42 北朝鮮と鉄火丼

(この記事は、2006年7月14日付け週刊ジェンタに掲載した記事に加筆したものです)

先週、北朝鮮がミサイルを発射した。ノドンだ、テポドンだと巷では言っている。テポドンがミサイルだと認識している分にはまだまともだが、テポドンが、「鉄火丼」や「親子丼」と同類項と思いこんでいる人がいて、ミサイルの発射と同じくらい腰が抜けそうになった。しっかりしてほしい。少しましな人で「鉄砲ドン」という漢字を当てると思っていた人もいる。

これだけ知れ渡ると、今更改めて人に聞きづらくなる単語である。

「テポドン」とはそもそも北朝鮮の地名であり、「大浦洞」と表示していた。これは旧名で、今では咸鏡北道(ハムギョンプクド)花台郡舞水端里(ファデグン・ムスダンリ)と言う名前になっているようだ。

今回発射された7発のミサイルうち、テポドン2だけは、旧地名の大浦洞から発射された。

北朝鮮北東部に位置し、延辺朝鮮族自治州やロシアと接する所だ。韓国統一省の統計によれば、韓国入りした脱北者の半数以上が咸鏡北道の出身である。その比率は年々上昇し、03年上半期は71%。耕作地が少ないため厳しい食糧難に見舞われており、国境に近いことが脱北者を増やす理由といわれる。

では、ノドンとは。この発音は韓国式発音が世に通ってしまった。北朝鮮ではロドンと発音する。かつては、「労働」と地名の「蘆洞」が同じ発音であるために、ミサイル名を「労働」としたところもあるが、明らかに間違いである。「蘆洞」は、同じ咸鏡北道安辺郡の日本海沿いの町である。

Posted by Picasa これは、アメリカCIAなどが、発見場所の名前を取ってテポドンとかノドンとかいっているだけで、ミサイルの正式名ではない。

北朝鮮では白頭山1号とか、木星とか、火星7号とか呼んでいると見られるが、最高機密であり、情報は漏れてこない。因みに白頭山は、北朝鮮の2700メートル級の山である。

北朝鮮が保有するミサイルは、今のところ長距離型の「テポドン」、中距離型の「ノドン」、短距離型の「スカッド」の3種類と考えてよい。

射程1500キロ以上の能力をもつテポドン1号は、1998年に日本上空を越えて三陸沖に着弾した。中距離型のノドンは、日本全域を射程に収める。発射されれば、10分以内に日本に着弾する。93年に日本海に向けて発射実験した。

短距離型のスカッドは、中東諸国に輸出し、外貨を稼いでいるとされる。射程600~1000キロの新型スカッドも開発しているという。私は、第1次湾岸戦争の時、イラクが発射したスカッド・ミサイルが頭上を通過していくのを、ヨルダンのアンマンで取材中にみた。恐怖のミサイルだった。

テポドン1と2以外のミサイルは移動式で、発射準備に余り時間がかからないため発射の事前探知は難しい。

またまた、米国や日本を交渉に引きずり出すための(主としてアメリカを照準にしたものだが)砲弾外交の一端か。専守防衛ラインの域を越えられない
日本の対北朝鮮安全保障政策。米国に日本国民の安全をゆだねる以外に「タマ」はないのか。

鉄火丼は人が食う物だが、テポドンは人を食うものなのだ。北朝鮮の砲弾外交は超危険と言わざるをえない。

そんな折、韓国中央日報の論説委員がフランスのジダン頭突きを例に出して、勇ましい発言をしている。(2006年7月14日付け)

”ジダンの頭突きは、ジダンを「W杯を台無しにした愚か者」ではなく、「最も大切なものを守るためにはいかなる代価もためらわない人」というイメージとして全人類に深く刻み込まれた。(略)

しかし最近のわれわれの状況は、それこそジダンのように頭突きをしてみたい心情がこみ上げてくるほどだ。 何よりも「北の先軍が南の安全を図っていて、南の広範囲の大衆がその恩恵を受けている」と発言した南北閣僚級会談の北側代表、権虎雄(クォン・ホウン)内閣責任参事の口に頭突きをしたいという心情は隠すことができない。(略)

私が仮に統一部長官なら、その場でいろいろと下手な比喩で禅問答をするよりも、眼鏡を外して権惨事の口、すなわち金正日の録音機に頭突き一発を食らわせていたはずだ。ジダンは祖国のW杯優勝と自身のゴールデンボールも放棄する覚悟で自分と家族の大切な名誉を守るために頭突きを飛ばした。 だが世界は決して彼の頭突きを非難しなかった。むしろ絶対に譲れないもの、絶対に許してはならないことに対し、すべてをかけて断固たる態度を見せた彼の姿に、内心、拍手を送ったではないか。 ジダンの頭突き!だからそれがうらやましいのだ。 チョン・ジンホン論説委員。”

Monday, July 10, 2006

其の41 ジュラ紀の杉の木

(この記事は2005年10月14日付けの週刊ジェンタ紙に掲載した記事に加筆したものです)

シドニーの西150キロの世界遺産に登録されているグレーター・ブルー・マウンテンの一角の極秘の場所で発見されたウォレマイ・パイン。通称キング・ビリーの販売第1弾が、今月の23日(2005年)に始まる。

発見されたのは1994年9月。発見者は、ニューサウス・ウェールズ州の野生生物局のデイビッド・ノーブルさん。

ノーブルさん、いかにも高貴そうな名前。彼が、熱帯雨林の中の渓谷の急斜面をロープを使って下降していた時に、偶然この古木の群生を発見した。

独特の枝分かれをした珍種のシダのような深緑の葉をもっていた。葉の表面は、泡だったチョコレートのようだったという。落ちた枝を拾って、NSW州の野生生物局とシドニー王立植物園に鑑定を求めた。

ノーブルさんと現場に戻った係官の心臓は高鳴った。これまでにみたこともない種類のものだった。まさに絶滅したと思われていた樹木だったのだ。化石ですら1億7500万前のものである。発見場所と発見者に敬意を表して、学名は、ウォレマイ・ノビリスとなった。

「発見時は、生きたディノサウルスを発見したような興奮でした」と、王立職分園のカーリック・チェインバーズ教授は、BBCに話している。 

 ウォレマイ・パインの起源は2億年に遡るジュラ紀のもの。ウォレマイ国立公園のどこかに百本ほどが生存し、野生最古の木は、高さ四〇メートルで、樹齢千年を超えているという。

 ウォレマイ・パインは、ナンヨウスギ科に属し、ノーフォーク杉、モンキー・パズル杉と親戚であるという。

 野生では幹の直径が一メートルを超え、高さ四〇メートルまで達する雄大な針葉樹だ。多くは複数の幹をもつ。垂れ下がり方は珍しく、春には先端が淡いアップルグリーンになり、初夏には古い深緑色になる。

 杉の歴史は、日本でも古い。屋久島では高齢な屋久杉をとくに「屋久杉」と呼び、若い屋久杉を「小杉」と 呼んでいる。杉の平均的な寿命は5百年余りといわれているが、屋久杉では2千年を超える巨木が見られる。一本の木が成長するまでには、多くの時間がかかる。折角育てても、日本では、スギ花粉症で全くの嫌われ者だ。

この杉の商業化を目的に繁殖が行われてきた。クインズランド森林当局と民間業者と共同で、一九九八年から繁殖計画が始まった。目隠しをされた科学者をヘリコプターで吊して、種を取ることを試みたがうまくいかなかった。時間をかけた研究で、増殖の方法は確実になった。ウォレマイ・パインは、マイナス五度から四五度までの気温に耐える耐寒性の植物だ。

Posted by Picasa 暑い気候でも生育し、光を受けると成長は特に速まるらしい。逆に、光の少ないアパートの中でもよく育つので、観葉植物としても庭のない人たちにも朗報である。

 特別な機会の贈り物として、さらにはクリスマス・ツリーとしても最適だという。

 今年のクリスマスから、イルミネーションが飾り付けられたウォレマイ・パインをみることがふえそうな気がする。さて、一体いくらで買えるのだろうか。



其の40 コインになった男

(この記事は、2005年12月9日のシドニーの週刊ジェンタ紙に掲載した記事に加筆したものです)
ある店で、小銭の支払いをしていて、ふと、自分が払った1ドルコインのデザインに目がいった。このコインだとはっと気が付き、小銭入れに戻した。

1945年8月15日に、終戦を寿ぐ紙吹雪が道路一面に散らばるシドニーのエリザベス・ストリートで、多くの喜びの人に交じって、世界大戦終結の喜びを体に表して踊る一人の男を描いたコインが発行された。

オーストラリアでは、終戦直後の象徴的な写真とされてきた。ダンスをする男が誰なのか、長い間論争があったようだ。その“ダンシング・マン”とは、当時電気技師のアーン・ヒルさんが有力らしい。

シドニー・モーニング・ヘラルド紙がアーン・ヒル氏の話として伝えるところによれば、こうだ。
「当時、シドニーで電気技師として勤めていました。上司がやってきたのは午前の10時ごろでした。『すべて終わったよ』といい、会社は店を閉めました。私は服を着替えて町に飛び出しました。道路にいるカメラマンに気づきました。カメラマンがやってきて、私はちょっと飛び上がりました。当時私たちは、週に5日もダンスに通っていました」


これまでに11人も、“ダンシング・マン”として名乗りをあげた人がいたとう。真相はどうであれ、“ダンシング・マン”は、体で平和の到来を表している。


Posted by Picasa しかし、敗戦国日本では、外でダンスをして喜びを体に表す余裕など皆無だったろう。

 「終戦を知らされたそのとき、ああ助かった、今日からは空襲で逃げまどうことはなくなった、というほっとした気持ちで安堵感を噛みしめたいっぽうで、これから先の不安感にも襲われ、実に複雑な心境でした。不安の一番はなんといっても、外地へ軍属として派遣されている父が、果たして無事帰還できるかどうかでした」 10歳の時、埼玉県で終戦を迎えた男性の手記である。

 次は、外地にいた人の手記である。「終戦の日から、日本人と中国人、韓国人の立場が一日にして逆転しました。連日、日本人家庭への暴力と略奪に見舞われました。南下したソ連兵の宿舎として日本人官舎は立ち退き命令。日本兵の捕虜姿は悲惨で筆舌に尽くしがたい気の毒な光景。あの夏服姿の日本兵が、極寒のソ連へ連行されて、どうして生き延びることができたでしょう。父は、いまもって行方不明。昭和三十年に遺骨のない葬儀を日本でいたしました」(「8月15日の子どもたち」あの日を記憶する会編)

 戦争の後遺症は、戦勝国、敗戦国に無関係に戦後も長く引きずっていく。戦後六十年の教訓は、平和とは待っていてはこないものだ、むしろ必死の思いをして、平和を非暴力で勝ち取る努力が求められている、ということだ。

 “戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かなくてはならない” あのユネスコ憲章の前文を、すべての人が心の中に叩きこまなくてはならない。
ブッシュも、アルカーイダの面々も。金正日も・・。人の心の中で生まれるのだから、直せないことはない・・・。

Friday, July 07, 2006

其の39 棺DーIーY論

(この記事は、2006年7月7日付け週刊ジェンタ紙に掲載した記事に加筆して掲載しているものです)

人の一生は生老病死である。生まれた以上、いつかは死が・・。一年前に亡くなったローマ法王の棺がシンプルなのは意外だった。確かに糸杉は、一度伐ったら二度と生えないことから喪の象徴とされてきたのもうなづける。 

 昨今、葬儀の簡素化を望む声は世界的で、結構な方向に進んでいると思えるのだが、実態は果たしてどうなのか。

葬儀費用の軽減のために、生前に組み立て式の棺桶を作っておくことに、あなたは躊躇するか? 棺のDo-It-Youselfである。 或いは火葬場でお骨を遺族が拾わなくなったら、あなたはどう思うか? では、豪華な棺に納められるなら、あなたは満足なのか? 改革はその辺から始まると言えまいか? 

メルボルンの葬儀社で、棺桶キットが販売されてそろそろ八年ほどになる。私はすかさず見に行った。一人前三百ドルほどだ。簡単な工具とやる気さえあれば、棺はハンド・メイドになる。若干のコツは必要だが、大体二時間あれば完成する。

葬儀社の話では、お年寄りが棺キットを買って作り、子供がそれに色を塗るのがパターンとか。あるお年寄りは、「いやあ、結構楽しいですよ。でも、早く使おうとは思っていません」 モチロンだとも。

葬儀社のジェームズ・マクロード社長も、この十年人々の葬儀への意識が大きく変化したことを認める。
「葬儀にカネをかけないようになってきています。組み立て式の柩もそのオプションの一つです」という。

ローズウッドの高い棺は、一台で軽く2千ドルはする。葬儀費用も、最低で軽く4~5千ドルはかかる。どこで聞いたのか、アジアからの引き合いもあるという。

棺キット販売の背景には、人々が葬儀に盛大な費用をかけるより、慈善団体に寄付したり、孫の教育費に回す人が増えてきたことなどの社会事情がある。人生の終着点、葬儀場には、今日も高価な棺を積んだ霊柩車が入っていくが、死後の世界、見栄をはる必要は全くないのではないか。

こんなこと言ってはなんだけど、火葬をすれば、柩からも人体からも、特に副葬品からも、ダイオキシンは出る。人は死してダイオキシンを排出する・・では、サマにならない。

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もっと、徹底して、「地球環境を考えた葬儀」を実行する時期に来ているのではないか。形式を排除して、長続きする葬儀の方法を考えたい。

葬送の形が多様化し、遺灰をダイヤモンドに加工し、個人の記憶を留める・・こんな形態も生まれてきた。ダイヤは、炭素原子が結合した結晶である。灰に含まれる炭素を抽出し、人工ダイヤにする。黒く軟らかい墨も、白い光を放つ硬いダイヤも、同じ炭素。その違いは原子の配列と結合の仕方にある。

やがて、早かれ遅かれ、間違いなく「棺段ボール」の時代が来る。オーストラリア北部準州でも実現されたと聞いた。いま、日本にもアメリカ製の段ボールが入りつつある。耐水性もあり、布などで装飾が施されている。火葬用の棺に使う木材も、環境意識の高揚で、確保しにくくなっている。

もし、あなたが段ボール箱の棺に納められるとしたら、俺はカボチャやスイカじゃないとお怒りになるのか? それではダイヤモンドの輝きも鈍くなりはしまいか。

Thursday, July 06, 2006

其の38 田舎道はギャラリー

(この記事は、2005年10月28日付け週刊ジェンタに掲載した記事に加筆したものです)

今週は、肩の力を抜いてレターボックス・カルチャー論といってみよう。

 かつてのオーストラリアの家は、もっとも今でも少し年季の入った家はそうなのだが、オーストラリア人の個性をそのまま表していた。どれ一つとして同じ家がない。

ほとほと感心したものだが、田舎道を運転していると、その個性が郵便受けにまともに出ていることがわかる。道路脇の豊かなアトラクションが、私にはオーストラリア民族芸術品のギャラリーと映るのだ。

建築面積や日陰制限など政府の規制の及ばないこの手のものに、人々はひたすら精魂を傾けて楽しんでいることがわかる。都会のそれには魅力はないが、郊外から田舎になると、個性丸出しの郵便受けはドライバーにとっては大きな笑いさえ誘うほど刺激的だ。

およそ、ここの人は、郵便受けごときに、なんで出来合いの物を買わなくちゃいけないのか、と思っていることだろう。

そうは言いながらも、1番目の写真のは、カネがかかっている感じがする。これはブルー・マウンテンでみつけたものだ。「91番地はここだ。よく覚えておけ!」と叫んでいるような気もする。その左に小さい郵便受けが写っているが、「間違えずに入れろ!」と郵便屋さんに主張しているようでもある。 実際に会ってみると、持ち主はそういう野卑な人ではないかもしれない。

かと思うと、2番目の写真は、「入れておいてくれりゃいいですから」と控えめに言っているようで、これはまるでカネがかかっていない。月1回出す粗大ゴミでも、これほどひどいのはでないだろう。そもそも、こんな冷蔵庫を何年くらいここに置いているのだろうか。これでは、まさに粗大ゴミにもならず、間違えても、意図的にでも持っていく人はよもやいるまい。

手作りの郵便受けほどおもしろい物はないが、この国の郵便受け作りは、豪州最大のリサイクリング産業なのだ。 これまで最大の郵便受けは、廃棄された大型ガソリン・タンクだったという。その郵便受けには、郵便はもちろんのこと、野菜、トラクターの部品にいたるまですべての物が収納できたといわれる。 Posted by Picasa

2番目の写真のように、郵便が雨ざらしにあいそうな物、蓋の付いた物、ひさしの付いた物、屋根を付けたものすらある。

カネをかけて製作した物、きれいにペイントした物、錆びたままの物、様々である。郵便が汚れそうな物。地域性あり、職業性あり、だ。

私が南オーストラリア州でみて驚いたのは、錆びたままの大型冷蔵庫だった。一応蓋はしまる。中を開けてみると、改造も何もしてなくて、冷蔵庫そのまま。薄っぺらい郵便は、蓋を閉めると完全に外気と遮断される。郵便配達の人は、蓋をあけて郵便物を入れていく。結構大変な作業なのだ。

3番目の写真は、たしかカウラの近くだったか。郵便屋さんは、郵便受けに入れるときに、楽しくなるのではなかろうか?

これらの郵便受けを撮影しながら走っていると、わずか30キロの距離が2時間以上もかかってしまうのだ。

郵便受けの個性という点では、ニュージーランドも人後に落ちない。だが、何が違うかというと、こぢんまりとした可愛い物が多い。オーストラリアほど、荒っぽい物は少ないのだ。故に、やはりこの郵便受けにこそ、国民性が出ていると私は思っている。

Sunday, July 02, 2006

其の37 英米の壮年 どちらが健康?

(この記事は、2006年6月30日付けのシドニーの週刊ジェンタに掲載した記事に加筆修正したものです)

 壮年(55歳から64歳まで)の8千人の白人を対象にした、米英両国民の健康度についての研究の結果が発表された。

 その結果は、なんとアメリカで糖尿病、肺ガン、高血圧などに悩む人の数は、同年代のイギリス人の倍あったという驚くべきものだった。

 これは、アメリカは米ランドコーポレーション、イギリスはユニバーシティ・カレッジ・ロンドンとロンドン大学の共同研究だった。

 まず、英米両国の大規模、長期的健康調査を受けた白人を対象に、教育及び所得水準から3グループに分けた。そして、糖尿病、高血圧、心臓病、心臓発作、脳卒中、肺疾患など慢性疾患に関しての自己申告で比較する手段をとった。 そして、結果はなんと、イギリスよりも、アメリカの方が病める人が多かったのである。
 
 報告作成者の一人ランドコーポレーションのジェームズ・スミス氏は、「両国の壮年の人の健康に差はないと思ったが、実際は、アメリカ人よりイギリス人の方が健康的だった」としている。  

 両国とも、低所得者は、ガンを除いて全て罹病しているが、高所得者ほど病気は少ない。しかし、健康度の不均衡は、やはりイギリスよりアメリカの方が顕著にみられる。

 その差を研究者は、イギリスでは低所得・貧困から生じる病気の国民をイギリスは社会的に守っており、アメリカはそういう社会計画が欠如しており、それがアメリカ人の健康と病気がより大きく関連していると考えた。

 しかし、研究では、罹病率の差を生活様式の違いと考えても充分説明は仕切れないことが判明した。例えば、喫煙率は英米とも同じで、アルコールの消費量はむしろイギリスの方が高いからだ。 肥満はアメリカでより一般化しており、アメリカ人の運動量はイギリス人より少ない。しかし、肥満要因を度外視しても、その差はまだ残る。
 
別の研究者は、人々は、この両国の違いは、健康管理制度の相違が基だと想像するだろうという。アメリカの健康管理制度は保険制度が基金になっており、イギリスの国民健康保険制度は、税収入から予算化されおり、基本的に無料だ。

ユニバーシティ・カレッジロンドンの教授は、「しかし、医療制度の違いはあっても、アメリカ人はイギリス人の倍の医療費を使っている。アメリカ人の15%は健康保険に入っていない。さらに多くの人が、一部保険にしか入っていない」と言って医療費配分の不均衡を指摘する。

  しかし、それでも両国の健康の差の説明にはならない。なぜなら、最高レベルの医療を受けられるアメリカの富裕層は、イギリスの最低所得層の健康と同じだったからだ。

  今後もこの原因を模索するらしい。

 若干途中を飛躍した言い方になるが、一つヒントを上げるなら、アメリカ人全体が、自分のみの幸福を追求する生き方をせずに、もっと世界に貢献をする、弱者の味方になる生き方を模索して、精神的な健康を取り戻してみてはいかがだろうか。
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