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負け犬の遠吠え 友の会シドニー支部

 

Monday, September 11, 2006

其の49 シドニーの幽霊(2)

(この記事は、2006年9月1日付けの週刊ジェンタに掲載した記事です)

ボークルーズの地名は、ボークルーズハウスからきている。勢の限りを尽くした一風変わった魅力をもつ邸宅から来ている。

1827年から1862年まで、このゴシック調の邸宅は、有名な探検家ウィリアム・C・ウェントワースと、その妻サラーら大家族の邸宅だった。この邸宅には、ウェントワースら家族の他、囚人、自由人等の今風にいうお手伝いさんが住み働いた。その中に、アイルランドの囚人準男爵がいた。彼はアイルランドから152トンの土壌を輸入した。そして、家の周辺の掘りに敷いた。ヘビと英国税関管理事務所長のキャプテン・ジョン・パイパー、そしてオーストラリア憲法の父ウィリアム・C・ウェントワースから守るためだった。

 著名な系譜、長い歴史をもつ家に固有の幽霊がでるのは、むしろ当然である。しかし、それは、この家に精神が染みついているこれら有名人のものではない。 その幽霊とは、この邸宅の最初の所有者、キャプテン、トーマス・デネットのものと思われる。このトーマス・デネットは、現在の邸宅が建築されるだいぶ前の1803年に亡くなった。

 この幽霊のお気に入りの出没場所は、前側の客室である。オーストラリアで最も素晴らしいビクトリア朝の部屋とされているところだが、これには少々議論の余地がある。
 
Posted by Picasa過ぎ去りし日には、住人たちがこの部屋の湾側の窓で休もうとして、芝生や花壇をじっと見ていると、彼らの腕、肩や喉が突如冷えた指でぐいと掴まれるのである。悲鳴が静寂な雰囲気を引き裂いた。男性は武器を探し、女性は臭い付きの塩を探し回った。大混乱が展開されている間、子どもは泣き、召使いは隠れた。


もし、今日でも明日でもボークルーズ・ハウスを訪れるな
ら、幽霊に出現に翻弄されることなく、この邸宅を覆うのどかな雰囲気を満喫できる。その幽霊は長い間見られていない。そして、もし幽霊について質問するなら、館長は、ボークルーズの幽霊についてはいかなる話しも知りませんというだろう。

 ここから少し先にあるワトソンズ・ベイのザ・ギャップ(左の写真)にも、幽霊の話がある。サウス・ヘッドの国立公園、特にザ・ギャップは、言わずと知れた自殺の名所。これまで、ここで命を絶った人は何人くらいいるのか、百人単位なのか。身投げした多くの者の幽霊がここで報告されている。

かつては、取り壊した家の基礎が捨てられていたり、壊れた硝子が散乱し、岩肌をちょこちょこ走るトカゲがいたり、虫の一団が群れ飛んだり、誰が見てもあまり気分がいいとは言えない風景の時代があった。昼間ですら、岩の間に怪奇の姿を見た人がいるという。

1959年9月22日、ニュージーランドの旅行者が、ザ・ギャップの写真を撮った。そこには人がいなかったのだが、現像してみると、ネガにはクリフの端に特定できない人物が立っているのが写っていたという。まさに、その人物は身投げしようとしているところであった。(了)

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