Weekly Go 豪
負け犬の遠吠え 友の会シドニー支部

 

Saturday, August 26, 2006

其の46 フォト・エッセー

Posted by Picasa (この記事は、、週刊ジェンタの2006年8月11付けに掲載したものに、加筆したものです)

 最近、日本で肩を組んで歩いている子どもを見たことがあるだろうか。小学校でも、そして兄弟でも。久しくない。
せいぜい、競技場にきたサッカーのサポーターくらいなものか。でもその姿に幼い子どもはない。

スクラムを組むというのは、スポーツの世界にはある。ラグビーのプレーだ。あれはフォワード8人によるガチンコの力比べで、言ってみれば、押しくらまんじゅうであり、潰しあいであり、これから行くぞというボディランゲージなのだ。特に試合開始の一番最初に組むクラムは、「ファースト・スクラム」といって、戦況の行方を左右するほど大事なスクラムである。当然、相手もその気になって、もう一組の8人が潰しにかかってくる。私はこのスクラムを見るのも大好きだ。

だが、これは勝ち負けのためのスクラムである。

普通の子どもが、街で気軽に肩を組むということが、もうだんだん見られなくなってしまった。肌をふれあう習慣が薄れてきたのかもしれない。

私は、7月22日、中国国境にあと4キロと迫るベトナム、ランソン省ドンダン駅頭に立っていた。私にとってはなつかしい駅である。テレビ朝日のハノイ支局長時代、何回ここへきたことか。9年ぶりの歳月を感じさせないのは、駅舎が9年前と寸分違わなかったからだ。1979年の中越戦争の後のここは、焼かれた列車がそここに放置され、疎開した人も10年はたっぷり帰ってこなかった。中越戦争で、ベトナムは中国をぼこぼこにやっつけた。しかし、この国境の町もぼこぼこに中国に荒らされた。だから、10年後の1989年当時ですら、人口は数十人もいなかったのである。 遠くで煉瓦を叩く音が聞こえるくらい、死んだ街だった。

駅のプラットフォームには、入場券もなく、気軽に入れた。と、帽子をかぶった一人の少年が私の目に入った。なかなかいい顔をしている。暗さがない。手招きしてよんでみた。少なくとも彼は、私が外国人だと分かっているはずだが、躊躇もせずに私の方にきてくれた。すると、貨車の陰に隠れていたもう一人の少年も後からついてきた。兄弟なのかとも思ったが聞かなかった。

写真を撮らせてもらおうと思っていたら、向こうの方からレールの上にしゃがんでくれた。後から来た少年が、気軽にもう一人の少年の肩に手をやった。実に自然だった。やはり、この国では、ハノイでも時々見かけるが、子どもが肩を組むことは不自然ではないのだ。

沢木耕太郎さんが、ホーチミン市で、肩を組んでいる少年に出会ったときのことを、こう書いている。『ふと、私もあんなふうに肩を組んで歩いて見たかったなと思ったものだった。彼らの底抜けに明るい顔が、やけにまぶしかった』と。

肩を組むということは、仲のいいことの証だ。そこには小さな平和がある。なにかとても、さわやかなシャッターの瞬間だった。

時刻は午前11時きっかり。この少年たちの後ろのプラット・ホームには、13時発ハノイ行きの列車に積む荷物がもう置かれてあった。準備のいい国民である。 (北村 元記)

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