其の50 歩けよ走れよ
(この記事は、2006年9月8日付けの週刊ジェンタに掲載したものに加筆したものです)

オーストラリア人は、どこでも歩き、そして走る。昼食時間帯、背広から着替えて、汗びっしょりで走るサラリーマン。オフィスの中にシャワー室を設けることが、社員の福利厚生施設になるとも聞いたし、チフリー・タワーにあった私の現役時代の支局の隣の職場には、4人分のシャワー室が設備されていた。
シドニー五輪マラソンの覇者「ナオコ」は今でも人気者だ。 「歩く者」「走る者」は、仲間として尊敬されるのだろう。
パトちゃんに勤務されている知りあいの末広守さんは、毎日通勤に5キロをウォーク。土日は、最初の3キロを走り、後は歩きで合計10キロ。この4年弱で2足3文ならぬ2足半の靴をつぶした。通勤費で浮いたカネは靴に消えるのだ。
「ウォーク」には、いろいろなネーミングがある。フィットネス・ウォークス、ブッシュ・ウォークス、レジャーウォークス、犬同伴ウォークス、案内付きガーデンウォークスなどなど。毎年恒例のシドニー北部からボンダイ・ビーチまでのシティ・トゥ・サーフマラソン。今年で18年目だったか。今や、女性の参加者も四十九%と裾野を広げ、参加者六万を超える世界有数の市民マラソンに成長した。
昨今の醜い肥満を考えると、カロリーの消費は結構なことだが、困ったことに太った人はあまりこういうイベントに参加しないのだ。むしろ、コーラの瓶とチップスをもって、眺めている。肥満者が気軽に参加できる”WAR ON FAT ”ウォークなどを企画する人はいないのか。
ハワード首相は、行く先々で歩く。ある年、東京・赤坂の迎賓館に滞在中の3日間、毎朝六時から三十分間ウォークした。ハワード首相が迎賓館に滞在中にたまたま担当だった私の友人の帝国ホテルのホテルマン山本博さんが首相に同行した。「首相は速歩でしたね」と、彼は言った。山本さんは、平気で30キロを走れるくらい鍛えている方なのだ。そして、ハワード首相の速歩は、「健康・オーストラリア」の輸出である。
イギリスの若き自然学者チャールズ・ダーウィンが、世界一周の途中、ビーグル号でシドニーに着いたのは1836年1月12日だった。
ダーウィンは、シドニーで、ガイドと馬を借り上げ、内陸まで旅をした。ブルーマウンテンを越えながら、ある滝の所で止まった。ダーウィンは、その渓谷を「下は大きな入り海か湾か。部厚い樹林に覆われて、それ以外の表現を私は思い出せない」と書いている。その道にチャールズ・ダーウィン・ウォークという名前がつけられた。(写真は、ウェントワース・フォールに近い所だ)ダーウィンがブッシュ・ウォークをして170周年の今年は、滝までのガイド付きの記念ウォークが毎日曜に行われている。
オーストラリア・オックスファム主催の世界の貧困撲滅のためのウォークは、今年で40年目。「あなたの一歩が、世界の貧困を助ける」自他共の幸せを目指して、さあ歩こう。互助精神は、オーストラリアの文化である。

オーストラリア人は、どこでも歩き、そして走る。昼食時間帯、背広から着替えて、汗びっしょりで走るサラリーマン。オフィスの中にシャワー室を設けることが、社員の福利厚生施設になるとも聞いたし、チフリー・タワーにあった私の現役時代の支局の隣の職場には、4人分のシャワー室が設備されていた。
シドニー五輪マラソンの覇者「ナオコ」は今でも人気者だ。 「歩く者」「走る者」は、仲間として尊敬されるのだろう。
パトちゃんに勤務されている知りあいの末広守さんは、毎日通勤に5キロをウォーク。土日は、最初の3キロを走り、後は歩きで合計10キロ。この4年弱で2足3文ならぬ2足半の靴をつぶした。通勤費で浮いたカネは靴に消えるのだ。
「ウォーク」には、いろいろなネーミングがある。フィットネス・ウォークス、ブッシュ・ウォークス、レジャーウォークス、犬同伴ウォークス、案内付きガーデンウォークスなどなど。毎年恒例のシドニー北部からボンダイ・ビーチまでのシティ・トゥ・サーフマラソン。今年で18年目だったか。今や、女性の参加者も四十九%と裾野を広げ、参加者六万を超える世界有数の市民マラソンに成長した。
昨今の醜い肥満を考えると、カロリーの消費は結構なことだが、困ったことに太った人はあまりこういうイベントに参加しないのだ。むしろ、コーラの瓶とチップスをもって、眺めている。肥満者が気軽に参加できる”WAR ON FAT ”ウォークなどを企画する人はいないのか。
ハワード首相は、行く先々で歩く。ある年、東京・赤坂の迎賓館に滞在中の3日間、毎朝六時から三十分間ウォークした。ハワード首相が迎賓館に滞在中にたまたま担当だった私の友人の帝国ホテルのホテルマン山本博さんが首相に同行した。「首相は速歩でしたね」と、彼は言った。山本さんは、平気で30キロを走れるくらい鍛えている方なのだ。そして、ハワード首相の速歩は、「健康・オーストラリア」の輸出である。
イギリスの若き自然学者チャールズ・ダーウィンが、世界一周の途中、ビーグル号でシドニーに着いたのは1836年1月12日だった。ダーウィンは、シドニーで、ガイドと馬を借り上げ、内陸まで旅をした。ブルーマウンテンを越えながら、ある滝の所で止まった。ダーウィンは、その渓谷を「下は大きな入り海か湾か。部厚い樹林に覆われて、それ以外の表現を私は思い出せない」と書いている。その道にチャールズ・ダーウィン・ウォークという名前がつけられた。(写真は、ウェントワース・フォールに近い所だ)ダーウィンがブッシュ・ウォークをして170周年の今年は、滝までのガイド付きの記念ウォークが毎日曜に行われている。
オーストラリア・オックスファム主催の世界の貧困撲滅のためのウォークは、今年で40年目。「あなたの一歩が、世界の貧困を助ける」自他共の幸せを目指して、さあ歩こう。互助精神は、オーストラリアの文化である。
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