其の1 シニア・モーメント
はじめに皆様へ”口上”
わがブログ「ウィークリー Go 豪」にようこそ。アクセス下さり、ありがとうございます。このブログは、シドニーで発行されている週刊ジェンタに毎週連載させて頂いている小生のコラム「元さんの便便だらり」から、発行人である丸山直志社長のご許可を頂いて転載しているものです。コラム「元さんの便便だらり」の連載は、2005年5月から始まりました。原文に加筆訂正を加えてあります。
簡単に自己紹介します。
1941年大阪生まれ。テレビ朝日入社してアナウンス部に配属されました。アナウンサー時代の一番の思い出は、女子プロ・ボーリングでした。発足から最盛期までを自分の目でみてきました。須田加代子(故人)、中山律子、石井利枝、並木恵美子、藤原清子、斉藤志乃ぶ、 といった方々の顔が浮かんできます。
その後イギリスBBCに派遣されましたが、アナウンサーを覚悟でいましたので、イギリスから種々学ぶつもりで、いろいろ勉強しました。BBC極東局日本語部の幹部の人間の大きさは今でも、自分の心の支えになっています。帰国後報道局に異動し、昭和天皇崩御の後、すぐバンコク支局赴任、その後ハノイ支局、オリンピックを控えたシドニー支局まで各国を経験させてもらいました。定年少し前に東京に戻り、戻った翌日に退職願を出してそのまま会社を辞めてしまいました。1年後にシドニーに舞い戻り、現在に至っています。現役時代は、支局長でしたので、それはそれは、多くの場面に立ち会いました。
なぜ、イタリア生まれのガーフィールドなのか?
ジム・デイヴィスが新聞連載を始めたのが1978年。この雄猫は怠け者で皮肉屋でうぬぼれ屋にもかかわらず、ドジでどこか憎めない愛嬌者です。以来、全世界で2億6千万の人のファンを持つ、「世界一有名な猫」として頂点に登り詰めた凄さにあこがれます。彼の将来の夢が、犬を絶滅させることという、とてつもなく馬鹿げた夢に微笑みと共感を覚えます。
「負け犬の遠吠え」というサブタイトルは、ある人が話した一言がヒントになりました。
というわけで、この「ウィークリー GO 豪~負け犬の遠吠え・友の会シドニー支部~」が自虐的にスタートしました。 いつまで続くかわかりません。オーストラリアのこと、シドニーのこと、愛するイギリスのこと、大好きなベトナムのこと、アジアのこと、世界のこと・・平和のこと・・気ままに書いてみようと思っています。時には、ジェンタに書かないことも、負け犬の遠吠え感覚でなく書くつもりです。堂々と正論を言いましょう。
オーストラリアに来る人のためにも、オーストラリアを愛する人のためにも、書き続けてみます。 では、早速、下記に其の1を上梓しました。在シドニー 北村 元
其の壱 シニア・モーメント
/ ̄\ 世界では、60歳以上の人口が6億人近くになった。
/___\ 二〇二〇年には、それが一〇億に達すると予想されている。
(____)| ご当地豪州も急速に長寿王国に接近している。
│∩ ∩│○
└-○─┘ 豪州に毎年来られる同時通訳者の村松増美さんから、
\ //⌒ 口まで出てるのだが、単語が忘れて出てこない老人性の
\/∈)二 物忘れを、シニア・モーメントと表現すると教えて頂いた。すでにウェブスターの辞書にも載っているらしい。便利な言葉だが、村松増美さんによれば、お年寄りにその言葉をぶつけるのはルール違反だ、と。ちょっと若い四〇代の人などに、「シニア・モーメントが始まったな」というのが礼儀だそうだ。
忘れ得ぬ人はいるけど 名を忘れ という川柳があるが、こういう現象がでてきたら、そろそろ始まったと言えるのかも知れない。
二人の老人の会話だ。
「昨日、いいレストランに入ってね。これはかなりお勧めだよ」
「なんていう名前のレストランだった?」
「え~えと、ほら、あなたが奥さんにあげる花があるでしょう」
「カーネーションか?」
「違う違う・・」「じゃあポピーか」
「いやあ、ほら、棘(とげ)があってさ、赤いあれ・・」「バラのことかい?」
「そう、そう、バラだよ、だけど、まだ昨日のレストランの名前が思い出せないんだよ」
若い時に、女の子を追いかけては遊んでいたハンサムな男がいた。
その青年が80過ぎの老人になった。
「昔は、ずいぶん女の子を追いかけていたもんだよ、結婚しようと思ってね。で、最近では、なんで今も女の子を追いかけているか思い出せないんだ」
アメリカで、「シニア・モーメント」という薬が発売になって物議をかもしている。効能書きには「物忘れを防ぎ、成人の記憶機能を復活させる」となっているというのだ。果たして、この手の薬を服用して、人間はどのくらい幸せになれるものか。新しいことは入りにくいが、古いことは一杯詰まっているのがシニアの特徴である。物忘れを恐れないようにしようではないか。果敢に物忘れを恐れずに記憶していけばいいと私は考える。
老齢の不幸は、力が弱ることにあるのではない。活動意欲の減退にあると考えた方がいい。
「二〇から三〇歳までは、若すぎる。三〇から四〇歳までは若い盛り、四〇から五〇歳まではまだ若い、五〇から六〇歳までは思いがけず若い、六〇から七〇歳までは不思議に若い、七〇歳以上は永遠に若い」・・・(訳:皆川一夫)
同志諸兄姉。この精神でいこうではないか。
世の中には、二〇代、三〇代にしてから、死んだも同然の人がいっぱいいる。アニマル・浜口さんではないが、「気合いだぁー」・・・・そして、バートランド・ラッセルのように、80歳にして理想の人と結婚した人もいる。この執念の理想の追求とその実践が若さを保つのだ。
何事も楽しんで、享楽余年。(三田村 元樹)