其の27 あの椰子の木目指して泳ぐんだ
ドイツで練習中のオーストラリアのサイクリング選手の列に、ドイツ人女性が運転した車が突っ込んで、不幸な犠牲者を出した。特に最愛の妻を事故で失った夫のサイモン・ジレット氏には国民の同情が集まっている。
今から1年ほど前に遡る。 シドニーの北北西4千キロのところにある日本人にゆかりの島、木曜島(写真上)。1870年頃から真珠貝の採取のために、和歌山県や愛媛県の人が渡ってきたところだ。今、この島には700人の日本人の墓がある。
その島からさらに北70キロの海上で、知人の誕生パーティ出席のために木曜島に向かっていた両親、兄姉妹3人、いとこ1人の乗った小舟が2004年7月6日に転覆した。その時、父親は、子どもたちに1キロ先の岩礁に向かうように指示した。
長男のスティーブンが振り向くと、救命具をつけた従兄弟に付き添っていた両親が、お前たちは先に行けとジェスチャーで示した。小さな岩礁にたどり着いて振り返ると、両親と従兄弟の姿はなかった。
「ここにいては、命が危ない!!生き抜こう!!」 スティーブンは直感した。 遙か水平線上に見える一本の椰子の木の島を目ざして、兄のスティーブンと妹のノリータと姉のエリスが泳ぎ続けた。12歳の兄が2人の姉妹に言った。 「泳がなくてはだめだよ。あそこまで行けば必ず助かる。!」でも、信じられないくらい遠距離だった。その後は、無人の環礁伝いに、毎日一日中泳いだ。
(左の写真は、木曜島の子どもたちで、このストーリーとは無関係です)
(左の写真は、木曜島の子どもたちで、このストーリーとは無関係です) 3日目の9日、小さな島で、初めて椰子の実を見つけた。歯で皮をむしりとって水を飲んだ。海水以外で初めての飲み物だった。雨も降らなかった。朝露もない。3人は綺麗な水がほしかった。昼は岩陰で直射日光を避けた。夜は身体を寄せ合って寝た。牡蠣をみつけて、石で砕いて中身を食べた。
しかし、その島でも生きていけないことを、この兄は再び悟った。
泳ぎの達者な兄は、2人を励ました。 「もっと泳ごう!」。姉妹は尻込みした。
「静かに泳げば、鮫に襲われないよ」 兄の経験を教えて安心させた。
10日の朝、兄がまず泳ぎ始めた。しかし、運悪く逆風。兄が二人の姉妹の後ろに回って、姉と妹を押す。マツ島(とう)に泳ぎ着いた。月曜日だった。彼らの住むバドゥ島から25キロの洋上まできていた。
海岸に椰子の実が転がっていた。兄のスティーブンが歯と石で椰子の実に穴をあけた。彼は、真っ先に二人の姉妹に飲ませた。あれから三日ぶりに飲む綺麗な水。そして、牡蠣を見つけてたべた。
捜索していたレスキュー隊は、潮の流れをみてある島に向かった。レスキュー隊の直感が当たった。3人を助けたのは彼らの叔父だった。
事故からちょうど7日目。体中から絞り出した兄の勇気が姉妹を救ったのだった。オーストラリア中の人々に歓喜を与えた。
仏典には、愛別離苦という言葉がある。思いも寄らぬ悲しい別れが時にはある。その苦を乗り切って、人に勇気を与え、信頼される存在になっていった人は多い。この人たちの大いなる活躍を期待したい。

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