其の25 私の切手
(この記事は、2005年7月29日付けの週刊ジェンタに掲載したものに、修正加筆したものです)豪州2度目の勤務の城川三次郎さんご夫妻が8月に帰国するという。送別の記念品を何にするかと相談された時に、私はすかさず城川三夫妻の個人肖像切手を贈ることを提案した。全員が賛成してくれた。
ある日の夜、城川さん宅へご夫妻の写真を撮りに行き、送別会の日、その切手が披露され、グループの代表からご夫妻に贈られた。切手と同じにこやかな城川夫妻の顔がそこにあった。「個人の顔を切手にいれられるの?」 これが、送別会の場に居合わせた人の少なからぬ反響だった。皆が喜んでくれた。
女王、政治家、皇太子や自国に貢献した人、英雄の肖像の時代から、個人の肖像を扱える時代になった。オーストラリアで、夫婦や子どもの顔、ペットを切手にできる・・というのを、どのくらいの方がご存じだろうか。
インターネットに移行しつつある国民を郵便に引きとどめるためには、それなりの魅力を郵便事業がもたなくてはならない。そこで登場したのが、“個人”をフィーチャーした個人切手である。切手は官製だが、個人主義を大事にするオーストラリアらしい発想だ。世界でも初めての試みだった。
1999年9月1日にメルボルンで開かれた世界郵便切手エキスポで、オーストラリア・ポストが、ハワード首相やウィリアム・ディーン連邦総督、ジェフ・ケネットヴィクトリア州首相(当時)の切手を記念としてプレゼントした。もちろん、一般来客にも同じようなサービスをし、会場内に2時間待ちの行列ができるほど大人気となった。これが、世界で初の個人切手の始まりである。
オーストラリア・ポストの切手収集部門のデイビッド・メイデン担当部長は、「今日は、切手利用者や世界の切手収集家にとって新時代が始まります。われわれが開発した技術は、切手のイメージをこれから一変する可能性を秘めています」と挨拶した。商業目的ではあるが、移り変わる世間の流れを敏感に感じ取った見事な商法である。
このトライアルでの大人気が、オーストラリア郵政公社を元気づけた。なにせ、車のナンバー・プレートも早くから個人の好む番号を許した国だ。最初は、官製の切手の右側に個人の写真を取り込んで作ったものだった。 「パーソナライズド・スタンプ」というが、それを作っているメルボルン印刷所に、私も行ってみた。
誕生日、婚約記念、結婚式への招待状に、子どもの誕生のお知らせや私的な感謝の気持ちを伝える小物として個人用に切手を作るというユニークなサービスだった。また、海外にクリスマス・メッセージや記念品としても使用できるなど広範な用途に着目した発想の勝利である。
今では、同種の事業はオランダやカナダ、先進国と言われる日本にも広がった。
大変化をとげている世界の郵便事情。1年でオーストラリアポストが運ぶ手紙の量はだいたい35億通。電話やファックスの普及の時代からメッセージを運ぶ量は減り始め、怒濤の如く押し寄せた携帯電話、Eメール、安く送れる国際クーリエなど郵便事業は四面楚歌になり、むしろ孤立化の危険さえある。
Eメール。と言っても、所詮、バーチャルな手紙は、やはり人間関係をある意味で無味乾燥なものにする。私は、自分の撮った四季の写真を、できうる限り多くの人に郵便で手紙を送ってきた。きちんと、切手を貼って。
アメリカ郵政庁が、ファーストレディー時代の業績を称えたヒラリー・クリントンの肖像画の切手の回収を命じた。
切手が封筒に貼れないという苦情が殺到したのだ。
クリントン上院議員は全面調査を要求した。郵政庁に調査委員会が設立され、数ヶ月かけて、調査結果が報告された。
*切手は正常に作成された。
*糊も規定通りに付けられていた。
*問題は、国民が切手を裏返しに貼ろうとしたために起きた。
もちろん、これはジョークだ。
切手にまつわる話は世界に多い。
ロマン・ロランは若き日、人生と芸術に悩んでトルストイに手紙を書いた。「人生、いかに生きるべきか」を問うために。トルストイはこの無名の青年に、38頁にものぼる丁重な返事をしたためた。文豪トルストイによる精神の触発で、ロランの才能は花開いた。ロマン・ロランはどんな切手を貼り、返信にはどんな切手が貼られたのだろう。
これほど大きな出会いでなくとも、自作の写真から作った切手を貼って、
遠い人を近くにたぐり寄せてみてはどうだろうか。
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