其の30 新型機の記録続々
(この記事は、2005年11月25日付けの週刊ジェンタ紙に掲載した記事に加筆修正したものです)

新型飛行機の話題が続いている。
ボーイング747を抜く世界最大の飛行機がオーストラリアに飛来した。エアバスA380だ。今年1月(2005年)の初公開の時も、四月(2005年)に、フランスのトゥールーズで初飛行した時もそうだったが、その大きさが実感出来なかった。
世界初の総二階建て。エコノミー席だけにすれば800席という。主翼の幅がほぼ80メートル。滑走路の幅から大きくはみ出している。
世界最大旅客機A380はフランスからシンガポールまで初の長距離試験飛行に成功した後、オーストラリアにきたわけだが、やはりデカイ。初期の構想から初飛行まで、16年の歳月を要したというから、空を飛ぶまでの時間は容易ではない。幾多の人々の夢が、この一機にこめられている。

このエアバスにも日本の技術が取り入れられた。
特に日本のカーボン繊維の技術が多く採用された。東レ、ジャムコ、住友金属工業、東邦テナックスの4社が早期に参入した後、三菱重工、富士重工、新明和工業、横浜ゴム、カシオ計算機、など合計15社の技術が入っている。
このA380の飛来の陰にかき消されたのが、ボーイング777型機の新記録であった。
淡い水色のボディ・ボーイング・777-220LR機(下の写真)が、11月9日、香港を離陸して、北部太平洋、北アメリカ領空、中北部大西洋を飛行して、ヒースロー空港に着陸し、コマーシャル・フライトのノンストップ飛行の新記録を樹立した。飛行時間は、22時間43分。総飛行距離は13,422マイルだった。ギネスブックに申請するという。
通常、香港発ロンドン行きはロシア領空を飛行する西回り便で、太平洋、大西洋経由ロンドン行きというノンストップ・フライトは常識的に存在しないが、記録を作るためのフライトだった。
パイロットは四人が搭乗し、二人が操縦、二人が休憩したという。左の人は、ロンドン・ヒースロー空港到着時のパイロットでパキスタン国際航空のアシフ・レザさん。
私もサラリーマン現役時代に、新型機導入の際に何回か招待飛行を受けたが、そのたびに空への夢を多いに膨らませたものだ。
飛行機の記録は限りなく破られていく。
ライト兄弟より50年も早く飛行機を飛ばしたイギリス人男爵ケイリー郷がいる。1853年という。奇才と呼ばれたくらいだから、そうとう馬鹿にされたのだろう。ケイリー卿は、カモメの観察を通じて、鳥が空中に浮くためには、羽ばたきだけでなく、翼の角度と形が大切だということ。また、鳥のはばたきが生み出す、推力、スラストは、揚力とは全く別物だということに気づいた。まさに発想の転換だった。大きな夢と目標に向かって、淡々と努力した者が、最後に勝った例がいかに多いかを歴史は証明している。
「安全」と「安全性」では意味するところは全く違う。この飛行機の損益分岐点は250機で、現在の受注と予約は合計159機だという。損益分岐点も大事だが、未来機には未来型の安全の概念が一層必要となってくる。

新型飛行機の話題が続いている。
ボーイング747を抜く世界最大の飛行機がオーストラリアに飛来した。エアバスA380だ。今年1月(2005年)の初公開の時も、四月(2005年)に、フランスのトゥールーズで初飛行した時もそうだったが、その大きさが実感出来なかった。
世界初の総二階建て。エコノミー席だけにすれば800席という。主翼の幅がほぼ80メートル。滑走路の幅から大きくはみ出している。
世界最大旅客機A380はフランスからシンガポールまで初の長距離試験飛行に成功した後、オーストラリアにきたわけだが、やはりデカイ。初期の構想から初飛行まで、16年の歳月を要したというから、空を飛ぶまでの時間は容易ではない。幾多の人々の夢が、この一機にこめられている。

このエアバスにも日本の技術が取り入れられた。
特に日本のカーボン繊維の技術が多く採用された。東レ、ジャムコ、住友金属工業、東邦テナックスの4社が早期に参入した後、三菱重工、富士重工、新明和工業、横浜ゴム、カシオ計算機、など合計15社の技術が入っている。
このA380の飛来の陰にかき消されたのが、ボーイング777型機の新記録であった。
淡い水色のボディ・ボーイング・777-220LR機(下の写真)が、11月9日、香港を離陸して、北部太平洋、北アメリカ領空、中北部大西洋を飛行して、ヒースロー空港に着陸し、コマーシャル・フライトのノンストップ飛行の新記録を樹立した。飛行時間は、22時間43分。総飛行距離は13,422マイルだった。ギネスブックに申請するという。
通常、香港発ロンドン行きはロシア領空を飛行する西回り便で、太平洋、大西洋経由ロンドン行きというノンストップ・フライトは常識的に存在しないが、記録を作るためのフライトだった。パイロットは四人が搭乗し、二人が操縦、二人が休憩したという。左の人は、ロンドン・ヒースロー空港到着時のパイロットでパキスタン国際航空のアシフ・レザさん。
私もサラリーマン現役時代に、新型機導入の際に何回か招待飛行を受けたが、そのたびに空への夢を多いに膨らませたものだ。
飛行機の記録は限りなく破られていく。
ライト兄弟より50年も早く飛行機を飛ばしたイギリス人男爵ケイリー郷がいる。1853年という。奇才と呼ばれたくらいだから、そうとう馬鹿にされたのだろう。ケイリー卿は、カモメの観察を通じて、鳥が空中に浮くためには、羽ばたきだけでなく、翼の角度と形が大切だということ。また、鳥のはばたきが生み出す、推力、スラストは、揚力とは全く別物だということに気づいた。まさに発想の転換だった。大きな夢と目標に向かって、淡々と努力した者が、最後に勝った例がいかに多いかを歴史は証明している。
「安全」と「安全性」では意味するところは全く違う。この飛行機の損益分岐点は250機で、現在の受注と予約は合計159機だという。損益分岐点も大事だが、未来機には未来型の安全の概念が一層必要となってくる。
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